私の仕事は
生産者さんがいなければ成り立ちません。
生産者さんを支え、
盆栽を広く知ってもらうことも
自分の役割と考えるようになりました
海外からも熱い注目を集めている盆栽。盆栽の生産が盛んな香川県高松市にある「盆栽妙(ぼんさいみょう)」は、Amazonと自社ホームページなどを通じて盆栽を販売しているオンラインショップです。盆栽妙店長で盆栽作家でもある高村雅子さんは、盆栽のために住まいを大阪から高松に移すほどの熱烈な盆栽愛の持ち主。その深い愛情は、女性の就労支援や地域の町おこしにも新風を吹き込んでいます。
盆栽を愛する心が困難を突破する力に
盆栽妙がある香川県高松市の鬼無(きなし)地区から国分寺地区にかけては、全国約8割のシェアを誇る松盆栽の一大産地。最盛期には、数百人の生産者が盆栽を栽培していました。しかし、趣味の多様化や愛好家の高齢化などにより、徐々に生産量が減少。いかに愛好家の裾野を広げていくかが課題になっています。
そんな盆栽市場を活性化させようと奮闘しているのが、通販サイト盆栽妙です。高村さんは2008年、盆栽妙を運営する株式会社妙興の前身となるWEB制作会社を代表取締役社長の辻本宗興さんと起業し、その後、WEB制作を通じて盆栽業界の窮状を知り、盆栽の普及に力を入れてきました。
高村さんが盆栽の魅力に目覚めたのは、今から20年ほど前。子育てに手がかからなくなってきたことから、ホームページ制作会社に入社し、仕事を再開した頃でした。
「自然豊かな故郷(三重県鈴鹿市)で育ったこともあり、幼い頃から植物が大好きでした。ある時、通りすがりのお宅で盆栽を何度か目にし、懐かしく感じ、とてもいやされたんです。その後も見る時々で印象が変わる盆栽が、まるで自分の心を写す鏡のようで、強くひかれました。以来、自分なりに盆栽のことを調べるようになっていったのです」
当時の盆栽愛好家は、男性がほとんど。女性には敷居の高い世界でした。しかし、高村さんの熱意は高まるばかり。そんな時、偶然にも母親が盆栽職人と知り合いだったことから紹介してもらいます。それから、週末になると住まいがある大阪から、故郷の鈴鹿市の盆栽農園へ、足繁く通うようになりました。そして、師匠の了承を得て、大阪の自宅で盆栽教室を開催し、盆栽作家として独り立ちすることができたのです。
教室は口コミで評判が広がり、生徒が増えていきました。高村さんは手ごたえを感じて、2009年にオンラインショップの盆栽妙をスタートしました。
「週末になると、盆栽の仕入れのため、事務所のある大阪から香川を始めとする生産地に車を走らせていました」
盆栽の流通は、まず盆栽農家などの生産者が、種や挿し木から苗を成長させ、盆栽素材に育てることから始まります。次に、盆栽妙のような販売店が、盆栽素材を仕入れて鉢に植え、寄せ植えにしたりして、魅力的な「商品」に仕立て、販売します。
「ネット販売を始めた頃は、盆栽に興味を持つ人を1人でも増やしたい一心でした。でも、全国各地の生産者さんを回るうちに、業界の実状を知ることになりました。他の日本の伝統産業と同じく、市場の縮小と後継者不足に悩んでいたのです。私の仕事は、生産者さんがいなければ成り立ちません。生産者さんを支え、広く知ってもらうことも自分の役割と考えるようになりました」
そのため、情報発信を強化しようと、高村さんは志を同じくする辻本さんと、2010年に現在の株式会社妙興に商号変更し、高松でリスタート。そこから2016年まで高村さんは大阪から高松まで足しげく通う日々を送りました。
Amazonでの販売をきっかけに盆栽の贈答ニーズに気づく
現在、株式会社妙興では、自社のオンラインショップに加え、Amazon出品サービス、フルフィルメント by Amazon(FBA)活用し、Amazonでも盆栽妙のブランド名で販売をしています。FBAを利用してAmazonの倉庫から出荷・配送するのは、鉢や道具、土など、手入れや植え替えに必要な商品。盆栽はAmazon経由で受注を受けた場合も、自社から発送する体制にしています。
高村さんは、「Amazonで販売することで、顧客層が広がった」と言います。自社ショップを利用するお客様の多くは、もともと盆栽に興味を持っている人たちでした。一方、Amazonの場合は、他の商品を探しに来た人がたまたま盆栽を見かけ、興味を持ったり、購入したりというケースが少なくありません。また、レビューから、新たな客層を開拓する商品のヒントを得たり、サービスの改善点に気づいたりすることもあります。
「Amazonの担当者からマーケティング戦略やAmazonで売れやすい価格帯のアドバイスをいただいたことも、参考になりました。なかでも、売り上げのアップにつながったのが、ギフト商品の開発です」
高村さんはAmazonで販売するまで、盆栽は自分の楽しみのために購入するものと考えていました。しかし、プレゼント用にラッピングを施した商品を販売したところ、売れ行きがよかったのです。
「贈答の需要に気づいてからは、メッセージカードをサービスしたり、母の日や父の日、クリスマスなど、イベントに合ったラインナップを増やすようにしました。珍しいところでは、結婚式の時に両親へ送る花束の代わりに盆栽を贈るというアイデアも生まれました。花嫁さんから『私の代わりに育てて下さい』と贈るそうです。私も盆栽を我が子のように育てているので、同じような気持ちで育てていただければうれしいですね」
盆栽のプレゼント需要は、新型コロナが流行したことでさらに伸びています。春先は外出自粛の影響から、「親にお花見の気分を味わってもらいたい」と桜の盆栽を贈る人が続出。漫画『鬼滅の刃』の影響で、藤の花の盆栽もよく売れ、高村さんも藤の魅力にあらためて気づいたそうです。
女性の就労支援や働く環境も大切に
高村さんの「盆栽愛」がよくわかるのは、2016年に会社も住まいも大阪から現在地の高松に移したことです。夫と娘2人は大阪住まいのままの単身赴任です。
「子どもが大学生となり、母親の役目に終わりが見えてきたことや夫の理解が得られたことから、決断しました。盆栽に携わるようになって以来、家事をすべて済ませてから仕事に行く私の姿を見てきたので、家族も私の意志を尊重してくれたのだと思います」
現在、社長の辻本さんを除いて、高村さんと共に働く12名はすべて女性。その多くが、子育てをしながら働いています。高村さん自身、過去に働きたくても家庭との両立が可能な職がなかなか見つからず、苦労しました。その経験から、パートタイムからフルタイムへのキャリアアップ体制など、女性の就労支援に力を入れています。また、「子どもや家のことなどで女性が突然、仕事を休むのは当たり前」と、安心して働ける環境を整え、3年前には、社内に託児スペースも設けました。
「小学生のお子さんを持つ従業員が多かったので、学校帰りに気軽に寄れるように作りました。親が働いている場所を見ると、子どもは安心するんですね。高学年の子どもには、お手伝いしてもらうこともあります。子どもたちも楽しいようで、『できたよ』と自慢げに話してくれたりするんですよ」
女性の従業員たちの細やかな気づかいや、発想のセンスがビジネスに大いに役立っていることもあります。
オリジナルの梱包用段ボールも、従業員たちと相談し、試作を重ねて生まれました。通販を始めたばかりの頃は、生花用の段ボールを利用していましたが、配達員が持ち歩くときに箱が上下することで、盆栽が傷んでしまうことがありました。そこで揺れても箱の中で動かない構造のダンボールを開発したのです。
「プレゼント需要が増えてからは、ラッピングした状態でも美しいまま運べる箱を独自開発しました。おもてなしの感性は、女性の強みです。新しい商品のアイデアが従業員たちとの雑談から生まれることも多いんです。入社したときは盆栽を知らなくても、社内教育と仕事を通じて、盆栽愛が芽生え、愛好家の1人になってくれることも、うれしく思っています」
盆栽が楽しめる複合施設や海外販売を計画
盆栽は販売したあとのアフターケアも大切になります。育て方を学ぶことで何十年も慈しむことができ、楽しみの幅が広がるからです。そこで盆栽妙のサイトでは、「盆栽の学校」と名づけた専門ページを設け、小冊子や動画を併用しながら、初心者でもわかりやすい育て方や鉢選びなどの情報提供に力を入れています。
「ウェブサイトには生産者さんたちの人柄や盆栽園の様子がわかるコンテンツも設けています。コロナによる自粛前は、イベントもよく開催していました。じつは今、高松市内に盆栽庭園や店舗、カフェのほか、民泊も含む複合施設の計画も進んでいるんです」
盆栽を深く知るために、生産地に足を運び、盆栽の苗が育つところも見てもらいたい、ゆったりした雰囲気のなかで、盆栽と触れ合う時間を持ってもらいたいという思いから、始まった計画でした。
この施設は、4000㎡の農地を活用し、盆栽生産を志す若手を育成する計画もあります。盆栽は生産から出荷までの期間が長く、早くて3年、通常で5~6年かかります。その間の無収入状態を避け、生産者が安定した収入を得られるよう、販売側からも支援していくのです。
そして、今年の秋には、海外での販売も計画しています。株式会社妙興も所属する盆栽輸出組合が自治体の支援を受けて、ドイツに盆栽管理の拠点を設置。まずはヨーロッパ市場を狙う予定です。
「海外販売も自社だけでやろうとすると、言葉の壁や検疫の問題もあり、進出するのが大変です。でも、Amazon出品サービスのサポートのおかげで、ハードルが下がりました。年間、数百鉢の販売が目標です」
高村さんは、盆栽の魅力を「日本の情景を器にのせて、人々にさまざまな感情を呼び起こすことができるもの」と話します。盆栽には樹齢100年を超えるような芸術品もありますが、高村さんたちが目指すのは、盆栽愛好家のすそ野を広げるために、第一歩としてカジュアルに楽しめる「暮らしの中の盆栽」も知ってもらうことです。高村さんたちは今日も、盆栽に目覚める人を増やすために、丹精込めて生産者が育ててきた盆栽を丁寧に梱包し、世の中に送り出しています。