スポーツ分野において、最新のデジタル技術を活用する「スポーツテック」が進化を続けています。今回は、AIや機械学習などのサービスを提供するクラウドプラットフォームであるAWSを利用し、スポーツトレーニングの変革に挑むスタートアップ2社の挑戦に迫ります。
テクノロジーの力で野球の指導方法にイノベーションを起こす
東京都にある株式会社Knowhereは、AWSを活用し、野球のスキル向上やケガ防止につながるアプリ開発を行っています。代表取締役の伊藤久史さんは、2020年、ソフトウェアの企画・開発・運用を担うスタートアップとして同社を創業する際、幼少期から大好きな野球を事業の柱に据える決断をしました。
伊藤さん「野球は今なお絶大な人気を誇る国民的スポーツです。競技人口も多く、年齢層も幅広い。その一方で、学校の部活動などでの指導方法は、何十年も前から進化していないのが実情です。AIによって指導や学習方法が激変した将棋のように、AIを活用することで野球においてもトレーニングを変革できると考えたのです」
同社は、神宮球場にほど近い外苑前駅前にマウンドなどを備えた野球専用ジムを建設し、そこでの知見をアプリ開発に活用しています。
伊藤さん「投資額や運用費が膨らむリスクは理解していましたが、絶対に譲れないチャレンジでした。ジムはアプリ開発のためのデータ収集の場でもありますが、エンドユーザーの声を聞き、ニーズを把握し、練習方法を観察できる最良のコミュニティでもあります。机上の空論や手段の目的化に陥らないために、この場所は絶対に必要でした」
海外展開においてAWSの存在は必要不可欠だった
投球時の動作およびボールの解析を行う同社のアプリは、メジャーリーグの球団への導入を進めています。
伊藤さん「動作やボールのデータはAWSクラウドにアップロードされ、AWSの機械学習を駆使して解析を行い、問題点などのフィードバックを行います。これによって、スキル向上やケガの防止が可能となります。まずは、メジャーリーグの球団など、企業向けに導入し、効果を証明した後、一般ユーザー向けのアプリをリリースする予定です。属人性に基づく指導方法の差異や地域格差を解消するこのアプリによって、解決できる課題は多いと考えています」
グローバル展開をする際、AWSは欠かせない存在だったと言います。
伊藤さん「海外から日本のサーバーを経由するとデータの送受信が遅くなる可能性がありますが、AWSは日本を含め世界各国にデータセンターがあり、その心配がありません。AWS=グローバルスタンダードという認識が浸透しているので、導入企業側にも安心感を提供できました。何より、AWSの担当チームは技術的なサポートはもちろん、ビジネスの進め方にもフラットな立場からアドバイスをくれます。本当に心強いパートナーです」
当初からグローバル展開を見据えた理由は、「日本のスポーツテック企業としての挑戦」だと伊藤さんは言います。
伊藤さん「メジャーリーグはビジネスの規模も大きいですし、そこで当社のアプリを認めてもらえれば、他の国でも必ず通用するという戦略的な側面は確かにあります。その一方で、日本にはスポーツテック企業の先駆者がいくつも存在するのに、アメリカに進出している企業はほとんどいません。だったら自分が挑戦しようという側面も大きかったですね」
誰もがスポーツが上達する環境づくりのために、手段は選ばない
現在の目標の1つは、一般ユーザー向けのアプリのリリースだと伊藤さんは語ります。
伊藤さん「AWSを活用し、スマートフォンでも使えるアプリの開発にこだわったのには理由があります。プロ野球選手しか使えないような高額な、特殊なデバイスではなく、一般ユーザーが手軽に使えるものを作りたかったからです。当社のミッションは『誰もがスポーツが上手くなれる環境を』。スポーツ指導のレベルを平準化し、誰もが的確な指導を受けられる民主化が実現すれば、競技人口ももっと増えていくと思うのです」
さらなる未来の目標では、「野球やアプリといったジャンルにこだわらない」と伊藤さんは言います。
伊藤さん「競技や手段にこだわらず、エンドユーザーの目的を叶えることが最も重要だからです。例えば、将来的に野球チームを作って、選手の声とテクノロジーをかけ合わせた球団運営をしている可能性もあります。あるいは、病院を運営して、新たなソリューションを生み出しているかもしれない。その過程で、エンドユーザーのリアルな声を聞き、テクノロジーを活用していくという姿勢を貫いていきたいですね」
姿勢や動作を分析し、最適なトレーニングを提案するアプリを開発
東京都にある株式会社Sportipは、AWSを活用したアプリを開発し、スポーツトレーニングやリハビリテーションの指導をサポートしています。代表取締役/CEOの髙久侑也さんが2018年に同社を創業したきっかけは、自身の経験に基づくと振り返ります。
髙久さん「小学校から高校まで野球を続けていましたが、中学時代に発症した腕の血行障害が進行し、大学生のときに断念せざるを得なくなりました。ただ、スポーツに関わりたいという気持ちを捨てきれず、大学ではスポーツ科学やAIについて学びました。そこで、テクノロジーを活用し、スポーツの非論理的な指導方法を改め、1人1人に合った指導を提供できる可能性を感じたのです」
2020年に、その思いを形にしたAIアプリ「Sportip Pro」をリリース。タブレットなどで撮影した人物画像をもとに、AIが姿勢や動作を分析し、最適なトレーニングメニューを提案する仕組みです。
髙久さん「トレーナーの指導力には個人差があり、指導力を養うためには時間とコストを要します。その点、『Sportip Pro』を使えば個人差をなくし、的確な指導を行うことができます。現在、『Sportip Pro』はジムや整体・接骨院、プロスポーツチームなど、約800の施設に導入されています。将来的には自社でテクノロジーを活用したジムを運営し、直接エンドユーザーの声を聞ける環境を作ろうと考えています」
AWSのスタートアップ支援によって何度もチャレンジができた
「Sportip Pro」で撮影された姿勢や動作のデータはAWSクラウドにアップロードされ、Sportipが独自に開発した機械学習のアルゴリズムで分析を行っています。
髙久さん「AWSは従量制料金なので、立ち上げ時にスモールスタートを切ることができました。コストメリットも大きいし、他のサービスと安全に連携できるセキュリティの高さや使い勝手の良さも魅力です。また、『Sportip Pro』ではユーザーの膨大なデータと医学的なデータを組み合わせた分析を行っているため、AWSクラウドのリソースの拡張性の高さも重視しました。将来的には集積したデータを活用し、予防医学の観点から日本のヘルスケアに貢献していきたいと考えています」
スタートアップや起業家に必要なリソースを提供する無料プログラム、AWS Activateは「コスト面はもちろん、当社の成長のスピードを大きく後押ししてくれた」と髙久さんは言います。
髙久さん「AWS の利用料金をカバーするクレジットを無料で提供してもらい、チャレンジングな技術検証を行うことができました。失敗を恐れず、何度もチャレンジできたことはAWSのスタートアップ支援のおかげです」
AWSを活用し、介護施設職員の業務効率化を後押しするアプリを開発
2023年には、AWSを活用して介護施設向けのアプリ「リハケア」を開発。動作解析や運動支援プランの提案に加え、機能訓練計画書などの帳票作成もAIがサポートし、介護施設職員の業務効率化を後押ししています。
髙久さん「当社を経営する傍ら、介護施設でアルバイトした経験をもとに開発しました。エンドユーザーの声を聞き、どうすれば介護施設職員が利用者のケアにもっと時間を割けるかを考え、帳票作成を自動化できる仕組みにしました。介護施設やジムに足を運ぶと、スマートフォンやデバイスを使いこなせない人が多いことに気づきます。それこそが現場の当たり前なんだと肝に銘じ、誰もが使いやすいアプリを開発することを心がけています」
髙久さんは、「スポーツトレーニングのDXによって、学校教育の分野でもイノベーションを起こせる」と展望を語ります。
髙久さん「今後も、テクノロジーの力で非効率・非論理的な慣習を変革させていきたいと思います。例えば、『Sportip Pro』を学校体育や部活動に導入すれば、体の発育・発達段階から最適な指導やケガの防止を実践することができます。まだまだできることはたくさんありますね」
AWSを活用したアプリ開発を通じ、従来の常識や慣習にとらわれないスポーツトレーニングの変革を目指す株式会社Knowhereと株式会社Sportip。両社の取り組みは、変革を実現するためには、エンドユーザーの声に耳を傾け、現場視点でニーズや課題を分析することの重要性を改めて教えてくれます。
アマゾン ウェブ サービス (AWS) とは?
アマゾン ウェブ サービス (AWS) は、世界で最も包括的で幅広いお客様に採用されているクラウドプラットフォームです。世界中のデータセンターから 200 以上のフル機能のサービスを提供しています。大企業や主要な政府機関など、何百万ものお客様がAWSを使用することでコストを削減し、俊敏性を高め、イノベーションを加速させています。
本連載について
Amazonでの販売を支援する「Amazon出品サービス」、ビジネス上の購買をサポートする法人向けサービス「Amazon ビジネス」、決済サービス「Amazon Pay」、クラウドサービス「アマゾン ウェブ サービス(AWS)」など、Amazonはさまざまな企業の課題を解決する多様な選択肢を提供しています。本連載では、DX(デジタル・トランスフォーメーション)に取り組む中小企業と、そのDXをさまざまなカタチで支援するAmazonのストーリーをご紹介します。