「アイデアを形にして、それを全国のお客様に届けられる場があったからこそ、今の私たちがあると思っています」
「かつては家族総出でトラックに荷物を積み込み、行商をしてまわっていた時代もありました。今ではとても考えられないことです」と笑顔で話すのは、山谷産業の専務取締役を務める山谷博さん。
現在はおよそ10名の従業員からなる山谷産業が位置するのは、「金属加工の職人の町」として知られる新潟県の燕三条(つばめさんじょう)地域。山谷さんは3人兄弟の次男として生まれ、外部の工具メーカーで約2年間修行した後、1998年に父親が経営していた同社に社員として入社した。
「1979年の創業以来、漁具を仕入れて日本各地の漁業協同組合や船具屋などに売る卸商として、事業を展開していました。しかし2000年に入って景気が悪くなると、急激に売り上げが落ちて会社の経営が大きく傾いてしまったのです」と、山谷さんは当時を振り返る。
少しでも利益を出すために、漁港の空いたスペースに商品とテーブルを持ち込んで漁師に向けて直接販売をしたり、新聞に折り込みチラシを入れたりと工夫を重ねた。しかし商品は思うようには売れず、従業員の給料を払えない状況にまでなったという。
ちょうどその頃、インターネットが本格的に普及を始め、山谷さんはインターネットオークションのサイトで自身が応援していたサッカーチームのユニフォームを落札してみた。それが山谷さんにとって初めてのインターネットでの買い物だった。家から出ずに自分の欲しいものを買うことができる便利さに気づき、「うちの商品もインターネットで売れるかもしれない」と思い立ったという。
新しい事業への可能性を感じた山谷さんは、母が命名した「村の鍛冶屋」を屋号として、徐々にインターネット販売を拡大。2004年には専務取締役に就任して、事業転換に向けて本腰を入れていく。Amazonでの販売を始めたのは2007年のことだ。売り上げはみるみる伸びていき、2011年には利益の半分以上をインターネット販売が占めるようになった。
2012年には、山谷さんの兄である武範さんが初代社長の跡を継いで、新体制がスタートした。「村の鍛冶屋」での売り上げは順調に伸び続けていたが、山谷さんは新たな課題を感じていた。
「その頃は、外部のメーカーから購入した商品をそのまま販売するという『仕入れ商品』が大半でした。他社で作った製品を売る以上は、まったく同じ商品が他でも販売されているわけで、結局は販売価格での勝負になってしまいます。いつかは頭打ちになるのではという危機感がありました」
オリジナリティのある自社製品を作り、「村の鍛冶屋」のブランド価値を高めたい。さらには、今後大きな成長が見込めるような業界に進出していきたい。そう考えた山谷さんは、自身の趣味であった「アウトドア」に目を向けた。
「もともと家族を連れてキャンプに行くのが好きで、2013年にキャンピングトレーラーを買いました。トレーラー好きのためのコミュニティサイトに登録してオフ会に参加するようになると、周りの人たちがどのようにキャンプ用品を使っているのかがわかり、新しいアイデアが見えてきたのです」
山谷さんが注目したのは、キャンプでテントなどを設置・固定する際に使用する「ペグ」という道具だ。ペグにはさまざまな種類があるが、中でも「鍛造(たんぞう)」と呼ばれる、金属をハンマーなどで打ち叩いて成型する加工法で作られたペグは丈夫で重量感があり、しっかりと地面に打ち込めるとして人気が高い。しかし、当時は日本国内で鍛造ペグを製造する会社は1社しかなく、カラーは黒色のみという状況だった。
「黒だけでなく複数のカラーがあれば、自分の好きな色が選べて、他の人のものと混同されにくい。さらに棒の形状を従来の正円ではなく楕円形にすることで、地面に挿した時の安定感が高まり、また引き抜く際にくるりとひねれば簡単に抜くことができます」と山谷さん。これまでにない選ぶ楽しさと機能性を兼ね備えたペグを、プライベートブランドとして売り出そうと思い至った。
とはいえ新商品の製造には、金型をゼロから作るなどのコストがかかる。これまで漁具の卸売りをしてきた山谷産業が、未知の分野であるアウトドア用品の開発をすることに対して、社内から不安の声もあったという。
しかし山谷さんは「会社の未来のためには新しいチャレンジが必要だ」と兄や父たちと話し合い、製造に踏み切った。かねてから付き合いのあった地元の金属加工工場に自身が描いた図面を持ち込み、鍛治職人との入念な打ち合わせを経て、「村の鍛冶屋」ブランド初のアウトドア用品である「エリッゼステーク」が誕生した。
「2013年の5月、静岡で行われたトレーラーコミュニティの全国オフ会の会場で、試しにこのペグを1000本作って出店しました。結果は、即完売です。すぐに「村の鍛冶屋」でのインターネット販売を始めると、飛ぶように売れていきました。当初の目標であった『1年間で1万本販売』に、わずか2〜3カ月で到達してしまったのです。まさかここまで売れるとは思っていませんでした」
続いて山谷さんは、ペグ専用の鍛造ハンマー「アルティメットハンマー」を開発。以降も次々とアウトドア用品を開発してはインターネット販売をし、アウトドアブランドとしての知名度を高めていく。その頃には兄も商品開発に加わり、2017年には新たにデザイナーズブランドの「TSBBQ」を立ち上げて、ホットサンドメーカーやダッチオーブンなどのデザイン性の高いアイテムが生み出された。
「燕三条は江戸時代から続く歴史ある鍛治職人の町です。燕三条の製品の価値をお客様にご理解いただくには、中途半端な品質のものは決して出せない。そのために、ものづくりへの妥協はしていません。たとえば表面の手触りがなめらかで、加工の際に発生する突起である『バリ』がないことは、優れた鍛造品の絶対条件です。高い技術で丁寧な仕事をしてくれる職人と協力し合い、出来上がったサンプルを元に細かな調整を行っていくことで、初めて完成度の高い燕三条ならではの製品が生まれます」
今では「村の鍛冶屋」は、低価格で高品質なアウトドア用品を提供するブランドとして、キャンパーから高い支持を得ている。最近では大手アウトドアチェーンから「商品を販売したい」とオファーを受けることが増えて、卸商としての販路も拡大しているという。そして、2017年にオープンした実店舗「村の鍛冶屋SHOP」には、全国各地からファンが日々訪れている。
また、SNSを通してお客様との交流を図ることも忘れていない。たとえば、ペグの「エリッゼステーク」は販売当初はワンサイズで4色だったのが、バリエーションを増やしてほしいというお客様からの声を反映して、現在は4サイズ、カラーは10色を展開している。社内の若いスタッフから出た企画やアイデアも積極的に取り入れるなど、新しい挑戦を続けている。
「現在、Amazonでの売り上げは会社全体の半分以上を占めています。出品にはフルフィルメント by Amazon (FBA)を利用し、商品の保管から注文処理、配送、返品対応までをAmazonに委託することで、右肩上がりの販売数に対応できています。さらに、Amazonを通して海外のお客様への販売も行っています。自分たちの力だけでは、とてもここまで事業を大きくすることはできませんでした。これからも私たちにしか作れない製品を、全国そして世界中のお客様に届けて、燕三条の地場産業を盛り上げていきたいです」
山谷産業(村の鍛冶屋)のものづくりの様子をご紹介しているAmazon「にっぽんをつなぐ」のビデオも併せてご覧ください。