日本の企業の約9割を占める中小企業(小規模事業者含む)は、日本経済にとって非常に大きな存在です。そして、その多くがDX(デジタルトランスフォーメーション)を推し進め、ビジネスに変革をもたらす活動を行うと共に、中小企業の数だけ挑戦のドラマが生まれています。デジタルが切り拓く中小企業の未来とAmazonのサポートを紹介する連載企画の第9回は、自治体と連携してDXを推し進める中小企業にフォーカスします。
※本記事は、2021年9月27日に日本経済新聞および日本経済新聞電子版に掲載された記事を加筆したものです。
コロナ禍で再注目される地域活性化の新たな事例
東京一極集中を是正しようと、地方が独自の資産を用いて地域の価値を向上させる地域活性化の重要性が叫ばれ続けています。コロナ禍に伴って地方移住への注目度は増しているとはいえ、2021年に入っても東京都の人口はまだまだ増加傾向にあります※。こうした現状は、地方自治体が地域を活性化させる対策を練ってはいるものの、思うような成果が挙がっていないことの表れでもあります。
今回紹介するのは、地域活性化に不可欠な行政・民間企業・市民の連携に加え、ECが起爆剤となって成果を収めた稀有な事例です。その背景には、Amazonが地方自治体と連携し、地域活性化を後押しするという、新たな取り組みがありました。
※総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」(令和3年1月1日現在)
障がい者の手作業によるマスクが生まれるまで
岡山市、倉敷市に隣接し、桃太郎伝説ともゆかりがある岡山県総社市。2020年3月、この街から全国区のヒット商品が誕生しました。岡山県産のデニム生地を使用した総社デニムマスクです。しかも、このマスクは市内にある13の障がい者就労継続支援事業所で働く障がい者の方によって、ひとつひとつ手作業で作られたもの。事業所の代表理事であり、総社デニムマスク実行委員会委員長の坪井直人さんは誕生の経緯をこう振り返ります。
坪井さん「2020年の3月頃、全国で新型コロナウイルス感染症が蔓延し始め、店頭からマスクが消えた時期がありました。そんな中、片岡聡一市長の迅速な発案により、市内のマスク不足を解消するために障がい者就労継続支援事業所でマスクを作れないかというご相談をいただきました。
総社市は、かねてより障がい者支援に積極的で、『障がい者雇用事業千五百人雇用プロジェクト』を立ち上げ、市役所の皆さんも非常に熱心でした。そうした行政のサポートを受けながら、各事業所からアイデアを持ち寄り、岡山のアイデンティティであるデニムを活用したマスクの製造・販売を始めることになったのです」
こうして生まれた総社デニムマスクは瞬く間に話題を呼び、販売窓口である市役所には開庁前から約200人の市民が列をなすことも。「想像を遥かに上回る売れ行きで、どうしようかと思いました」と笑う坪井さん。快進撃はさらに続き、2020年4月に全国販売を始めると、日本中から約18万枚もの注文が殺到したといいます。
坪井さん「総社市のマスク不足を解消するための取り組みでしたが、当初からより多くの人に利用してもらいたいという視点を持ち、材質やデザインにはこだわりました。結果的に、コロナ禍で就労機会が減少した障がい者の雇用を生み、売上が減少している地元のデニム企業を支えることにもつながり、大きな相乗効果が得られました」
一方で、大量の注文への対応は困難を極めます。一日も早くマスクを届けたいという想いとは裏腹に、注文処理や発送作業の負担が重くのしかかってきたのです。
ものづくりの街から生まれた斬新なスニーカー
同じ頃、広島県でもコロナ禍の影響を受けている中小企業がありました。広島県府中市にある株式会社スピングルカンパニーです。
古くからものづくりの街として知られる備後府中は、府中家具をはじめ木工・繊維・機械など、さまざまな分野の職人が集う土地として知られています。スピングルカンパニーの親会社である株式会社ニチマンも、備後府中のクラフトマンシップを受け継ぎ、ゴム素材を使ったスニーカーを百貨店やスーパーチェーンなどに卸してきました。しかし、1990年代に入ると海外企業の参入や価格競争の激化の煽りを受け、代表取締役社長の内田貴久さんは危機感を募らせていたといいます。
内田さん「海外ブランドが押し寄せる中で、改めてジャパンメイドの良さを伝えたい、品質で勝負できるスニーカーを作りたいと考え、1997年にスピングルカンパニーを立ち上げました。誰が見てもうちの商品だとわかるようなオリジナルのスニーカーを、備後府中の自社工場で作ろうと考えたとき、これまで培ってきたバルカナイズ製法の技術と、扱うのが難しいと言われてきたレザーをあえて組み合わせた商品開発に挑戦しようと決心しました」
バルカナイズ製法とは、硫黄を加えたゴム底と靴本体を接着した後、100℃以上の釜に入れ、熱と圧力をかける製法のこと。型崩れしにくく、耐久性の高い一足ができあがる一方、労力と手間がかかるため、現在の日本では数社のみしか行っていません。
内田さん「発売当初は1日に数件の問い合わせしかありませんでした。それほどレザーのスニーカーは業界にとって斬新なものだったのです。転機となったのは、2004年にデザイナーズブランドの目に留まり、パリ・コレクションに出品できたことです。その後、全国放送のテレビ番組で取り上げられたことも大きな後押しとなり、知名度が上がっていきました」
順調に成長を続けていたスピングルカンパニーでしたが、コロナ禍によってインバウンド需要などが減り、店舗の売上が減少してしまいます。そこでEC事業への本格的な注力に動き出したものの、成果が挙がらない日々が続いていました。
地方自治体とAmazonの連携が突破口に
発送業務に追われていた総社デニムマスク実行委員会と、EC事業で成果を出せずに苦心していたスピングルカンパニー。両者の課題解決の糸口となったのが自治体とAmazonの連携です。総社デニムマスク実行委員会は、商品の保管から注文処理、配送までをAmazonが一手に引き受けるフルフィルメント by Amazon(FBA)に活路を見出します。その背景には、Amazonと総社市の深いつながりがありました。
坪井さん「Amazonの皆さんには、総社市が推進する『障がい者雇用事業千五百人雇用プロジェクト』にも参画していただくなど、さまざまな面から地域活性化を後押ししてもらっています。2018年に岡山県が豪雨被害に見舞われた際には、Amazonの皆さんがボランティア活動に参加してくださり、復旧の支えとなりました」
そうした縁から、配送作業に困っている総社市に対し、Amazon側からFBAを通じてサポートをしたいという申し出があり、2020年7月からAmazonでの販売が始まりました。
坪井さん「ECの知識が全くない中、Amazon担当者には一から親身になって色々なことを教えていただきました。その結果、それまで発送に最長1ヵ月を要していましたが、FBAを使うことにより最短1日でお届けすることができるようになりました。自分たちが作ったものがすぐに全国のお客様のもとへ届き、カスタマーレビューでは喜びの声を知ることができるので、障がい者の皆さんの働きがいや励みにもつながっています」
こうした取り組みは他の自治体にも広がっています。Amazon担当者が橋渡し役となり、佐賀県でもデニムマスクが作られることになったのです。
坪井さん「Amazon担当者にご紹介いただいた佐賀県のJリーグクラブ・サガン鳥栖の皆さんが総社デニムマスクの活動に共感してくださり、サガン鳥栖とのコラボが実現しました。総社市のノウハウをもとに、佐賀県の障がい者支援施設がマスクを制作しています。この取り組みが全国に広がっていくと面白いですよね」
一方のスピングルカンパニーは、広島県が県内中小企業のデジタル化を推進する「新たなビジネスモデル構築支援事業」のモニター企業として参加。EC事業の突破口になったといいます。
内田さん「2018年にAmazonでの出品を始めましたが、当時はECに関する知識も乏しく、活用しきれていなかったのが正直なところです。ちょうどコロナ禍で困っていたときにモニター企業のお話をいただき、これは大きなチャンスだと思いました」
広島県が行っているこの施策では、中小企業が新しい生活様式に対応できるように、ICTを活用したデジタルサービスの創出を支援しており、モニター企業に選ばれると経費の3/4が広島県から助成されます。Amazonはデジタルサービス提供事業社の一社として参加しており、EC活用による販路開拓やビジネス拡大支援をサポートしています。
内田さん「モニター企業として参加し、Amazon担当者によるアドバイスを受けることで、Amazonにおける今期の売上は昨年比184%を記録し、我々も驚くほどの効果が表れています。圧倒的な集客力・販売力を持つAmazonに出品することで、確実に新規顧客の獲得につながっていると実感しています。特にプライムデーなどのイベント時には、認知度や売上が飛躍的に向上しています。
配送コストが削減できるFBA小型軽量商品プログラムについても、Amazon担当者に説明していただき、利用を始めました。Amazon担当者の手厚いサポートがなければ、EC事業を軌道に乗せることはできなかったと思います」
地方自治体とAmazonが一丸となって協力し合うことが事業の転換点となった両者。この成功をどのように捉え、今後はどのような展望を描いているのでしょうか?
坪井さん「このプロジェクトの成功は、決して誰か一人の力によるものではありません。障がい者の皆さん、事業所、市役所、Amazon。みんながそれぞれの強みを発揮し、努力したおかげだと思っています。自分たちが作ったマスクを街中で見かけることもあり、障がい者就労継続支援事業所同士の結束力も深まり、もっと地域に貢献したいという想いが生まれているのも嬉しいですね。これからも地域のために、障がい者の皆さんのために、そしてお客様のための活動を続けていきたいと思っています」
内田さん「開発から生産まで一貫して自社工場でできる強みを活かして、今後もさまざまな商品を生み出していければと思っています。うちの商品は手作業で作られているからこそ、履き込むことによって独自の味わいが生まれます。修理やお手入れなど、ソフト面の提案にも力を入れて、長く愛される商品をお届けしていきたいですね。そして、その先に備後府中の名が全国に知れ渡り、地域が活性化することが理想です」
コロナ禍という困難に直面しながら、地域の資産を活用し、EC事業によって成功を収めた両者。地方自治体とAmazonの協働によるEC事業の2つの成功例は、地域活性化の新たなモデルケースになる可能性を秘めています。
~デジタルが切り拓く中小企業の未来~
Vol.1 彼女たちはいかにして道を切り拓いたか?(前編)
Vol.1 彼女たちはいかにして道を切り拓いたか?(後編)
Vol.2 なぜ、彼らは海外進出で成功を収めたのか?
Vol.3 コロナ禍で成功を収める中小企業の共通点とは?
Vol.4 常識を覆すヘルスケア製品はなぜ生まれたのか?
Vol.5 事業を受け継いだ彼らが 変革を成し遂げるまで
Vol.6 ヒット商品はいかにして生まれるか?
Vol.7 SDGsを背景にしたリユース市場の最前線
Vol.8 進化するEC市場、新たなDXで成功を掴む
Vol.9 地方自治体×Amazon。新たな地域活性化の形とは?
Vol.10 DXは老舗企業のビジネスをどう変えるか?
Vol.11 DXが生み出す地方創生の新しい形
Vol.12 なぜ、彼らのECビジネスは短期間で急成長したのか?
Vol.13 ECビジネスを加速させるブランディング戦略の新発想
Vol.14 中小企業のDXを加速させるAmazonのサポートとは?
Vol.15 中小企業のDXを支えるAmazon社員の想い
Vol.16 コロナ禍を乗り越えた飲食業のDX最前線
Vol.17 日本の中小企業が世界に羽ばたくために