日本の企業の約9割を占める中小企業(小規模事業者含む)は、日本経済にとって非常に大きな存在です。そして、その多くがDX(デジタルトランスフォーメーション)を推し進め、ビジネスに変革をもたらす活動を行うと共に、中小企業の数だけ挑戦のドラマが生まれています。デジタルが切り拓く中小企業の未来とAmazonのサポートを紹介する連載企画の第8回は、ECの新たなサービスを導入する中小企業の成功事例にフォーカスします。
※本記事は、2021年8月26日に日本経済新聞および日本経済新聞電子版に掲載された記事を加筆したものです。
EC市場の成長と進化するサービス
新型コロナウイルス感染症拡大に伴う外出自粛や、販売店の営業時短要請などを受けて、消費の受け皿となったECサイトの利用はさらに広まりつつあります。それに伴い、ECの市場規模も成長を続け、2019年には前年比7.65%増の19.4兆円に拡大※1。2021年7月30日に経済産業省が発表した2020年のデータでは19.3兆円とほぼ横ばいでしたが、これは外出自粛によって旅行系などのサービス分野が大幅に減少したためで、物販系分野は大幅な伸びを見せています※2。本連載では、こうした社会の動きを背景として、多くの中小企業がEC事業に進出していることを紹介してきました。
EC事業を通してビジネスに変革をもたらし、成功を収めた数々の中小企業。一方、中小企業のEC事業を支えるAmazonのサービスも進化を遂げています。前回のAmazon Renewed(Amazon整備品済み)に続き、今回はAmazon出品サービス連携という新しいサービスから、中小企業のDXの最新事例をご紹介します。
※1「令和元年度産業経済研究委託事業(電子商取引に関する市場調査)」
※2「令和2年度産業経済研究委託事業(電子商取引に関する市場調査)」
コロナ禍で変化した商流・商習慣への対応
大阪府大東市にあるセイバーモールは、さまざまな機械や製品に使用される各種ベルトやホースをはじめ、工業用ゴム製品、合成樹脂素材などの製造・販売を行っています。社長の加藤昌平さんは、「工業用のベルトやホースといっても、一般消費者の方は想像しづらいですよね」と笑いながら説明を続けます。
加藤さん「例えば、製造業の工場には無数のホースが張り巡らされていて、その中を通って水や液体、食品などが運ばれています。そのため、抗菌や耐熱など、ホースの仕様もさまざまです。身近なところでいうと、美容院や床屋で見かける高さが調節できる椅子。あの油圧ホースには当社の製品が使われています」
メーカーからベルトやホースを仕入れ、それらをお客様のニーズに合わせて加工するのがセイバーモールの主な業務。お客様との対話を重視する営業スタイルが強みです。
加藤さん「お客様の工場に足を運び、どれくらいのスペースに何本のホースを設置するのか、中に何を通すのか、それらをヒアリングし、ホースの種類をご提案するところから商談がスタートします。コンサルティングに近いことを生業としているので、お客様に信用していただくことを第一に考えています」
現場を確認し、対話を重ねて、お客様が納得のいく的確な提案を実現してきましたが、新型コロナの感染拡大によってそのスタイルが一変。工場に出向くことが難しくなり、商談機会も目に見えて減っていったといいます。
加藤さん「お客様のところへ行きたいけれど行けない。歯がゆさもありましたし、危機感もありました。そんなとき、仕入先のメーカーがEC事業を始め、売上が好調だという話を耳にしました。これまで対面・対話を重視してきた当社にとって、ECで工業用製品が売れることは衝撃でした。コロナ禍によって商流や商習慣が確実に変わってきている。そして、その流れに乗り遅れたら当社の成長はない。そう確信してEC事業に進出しました」
ECは販路が広がるというメリットがあるものの、専門的な商品の中のどこに一般のお客様のニーズがあるのか、製造業のお客様にもどのように活用いただけるか、検討を重ねながらEC事業をスタートしました。そして、2021年4月、GMOメイクショップ株式会社のECサイト開設サービス・MakeShop byGMO(以下、MakeShop)を利用して自社サイトの開設に至りました。
加藤さん「まずは自社サイトを開設して収益化を図ろうと考えました。MakeShopはデザインのテンプレートが豊富ですし、シンプルで見やすい。2020年の夏頃から準備を進め、自社サイトを開設しました。ただ、新しく始めた自社サイトなので認知度も低く、当初の売上は細々としたものでした」
女性を支えるためにEC事業進出を決意
一方、東京都港区にある株式会社Double.もまた、新型コロナ感染症拡大の影響を受け、MakeShopを利用して自社サイトを開設した企業です。代表取締役の池垣佐和子さんは、ナレーターやラジオDJらが所属するタレント事務所に勤める傍ら、EC事業を始めた経緯をこう振り返ります。
池垣さん「長年、タレントのマネージメントを行う中で、女性タレントが芸能の世界で生きていくことの厳しさを痛感しました。出産や育児で休んでいる間に仕事を奪われてしまうこともあり、病気になってしまうと後ろ盾もありません。彼女たちをなんとかサポートできないかと、ナレーションや話し方のレッスンを行うスクールの運営会社としてDouble.を立ち上げました。スクールの講師を女性タレントが務めることで、彼女たちの副収入につなげようと考えたのです」
Double.を起業したのが2018年。その直後、新型コロナの感染拡大によって社会が一変し、マンツーマンを売りにしていたスクールの需要が減ってしまいます。
池垣さん「スクールを維持するために何かできないかと考えたとき、前職の営業経験を生かして商品を販売できないかと思い当たりました。しかも、私一人で、パソコンひとつでできるものはないかと。そこでひらめいたのがEC事業です。コロナ禍の影響でECの需要は右肩上がりでしたし、ユニークな商品を作っている知人のネットワークを持っていたことも決め手になりました」
MakeShopで自社サイト・素敵本舗を立ち上げたのが2021年6月。しかし、1ヵ月以上、売上はゼロだったといいます。
池垣さん「商品ラインナップには自信を持っていました。女性にとって役立つもの、環境に優しいものを届けたいという想いがあったので、消臭効果のあるボディスプレーや、虫よけ・除菌・抗菌効果のあるヒノキチオール、カラスやイノシシを撃退する忌避剤など、天然由来の成分を使用しているアイテムを揃えました。EC事業を始めるならまずは自社サイトから始めようと思っていたのですが、アクセスしてくれるのは知り合いばかり。ネット広告を出すなど、何か手を打たないとまずいと考え始めました」
自社サイトを開設したものの、思うように売上が伸びない。そんな矢先に両社が出会ったのがAmazon出品サービス連携です。そして、これがセイバーモールとDouble.のビジネスに大きなインパクトをもたらすことになります。
Amazon出品サービス連携のメリットとは?
EC事業を始める際、ブランディングやメッセージを発信しやすい、思い通りのデザインができるという観点から、自社サイトを開設するのは一般的な流れだと言えます。一方、両社のように、自社サイトの認知度が思うように上がらず、売上が伸びないという壁に直面する企業は少なくありません。
そんな中、認知度の高い他社サイトに販路を拡げることはひとつの打開策であり、自社サイトと他社サイトを併用している企業は数多く存在します。しかし、併用は出品や在庫管理などにおいて業務が倍になることを意味します。従業員数の少ない中小企業にとって、作業負荷が増えることは大きな問題です。
自社サイトを運営しつつ、作業負荷を抑えながら他社サイトにも販路を拡大したい。そんなニーズに応えるのが、Amazonが提供するAPI(アプリケーションプログラムインターフェース)を活用したAmazon出品サービス連携です。
セイバーモールとDouble.が利用しているMakeShopは、AmazonのAPIを利用したアプリケーションを開発し、2021年6月からAmazonとの連携をスタート。MakeShopの管理画面からAmazonへの出品、在庫連携、受注管理を行うことを可能にしました。これによってECの運用管理が一元化され、販売店の業務負荷を最小限に抑えることができます。何より、多くのユーザーが利用するAmazonでの販売は両社のビジネスを大きく後押ししました。
池垣さん「アプリを利用してAmazonとの連携を開始したのが7月11日。それまで売上はゼロだったのに、Amazonに出品した翌日には商品が売れて本当に驚きました。Amazonへの連携は無料なので費用のメリットも抜群で、7月以降、Amazonでの売上はどんどん伸びています」
加藤さん「私たちも同じような体験をしました。自社サイトではほとんど売れなかった商品が、アプリでAmazonと連携出品した途端に売れ始めたのです。Amazonは利用されているお客様も多いですし、アカウント登録していれば決済も簡単なので、購入ハードルが低いことも関係していると思います。連携作業も非常に楽なので、業務効率化にもつながっています。今では売上の9割をAmazonが占めるようになりました」
池垣さん「Amazonで商品が売れるようになってから、自社サイトのアクセス数も徐々に増えるという相乗効果を実感しています。Amazonのサイト画面では商品が並列されるので、新規参入の企業も大手企業と分け隔てなく表示されます。純粋に商品力で勝負できるので新規参入のハードルも低いですし、私のように一人でもEC事業を始められて、ビジネスチャンスを掴むことができる場だと思います」
女性の雇用創出、ECとリアルのハイブリッドへ
それぞれの事情からEC事業に乗り出し、その事業を軌道に乗せつつある両社。今後はどのような展望を思い描いているのでしょうか?
池垣さん「現在の売上はAmazonが8割、自社サイトが2割。Amazonを通じて自社の素敵本舗の存在を知ってもらい、『素敵本舗には他にはないユニークな商品がある』と思っていただけるように成長していければと思います。事業が安定した暁には女性を雇用して、子育てをしながらでも続けられる在宅ワークを推進していきたいですね。女性の活躍をサポートするというDouble.の信念を、スクールはもちろん、EC事業でも具現化していければと思っています」
加藤さん「EC事業を通して新たなニーズを発見し、新しいビジネスモデルが生まれました。一方で、従来の対面・対話を重視したスタイル、これまで培ってきたお客様との信頼関係は大きな財産です。今後は、加工の必要のない汎用品はECで広く販売し、加工が必要な場合はこれまで通りしっかりと対話をしながらお客様にご提案していくという、ECとリアルのハイブリッドを目指しています」
コロナ禍の影響を受けながらも、思考停止することなく、EC事業を通して新たな道を切り拓いた両社。急成長を遂げるEC市場の背景には、こうした中小企業の努力や想い、革新のドラマが秘められています。
~デジタルが切り拓く中小企業の未来~
Vol.1 彼女たちはいかにして道を切り拓いたか?(前編)
Vol.1 彼女たちはいかにして道を切り拓いたか?(後編)
Vol.2 なぜ、彼らは海外進出で成功を収めたのか?
Vol.3 コロナ禍で成功を収める中小企業の共通点とは?
Vol.4 常識を覆すヘルスケア製品はなぜ生まれたのか?
Vol.5 事業を受け継いだ彼らが 変革を成し遂げるまで
Vol.6 ヒット商品はいかにして生まれるか?
Vol.7 SDGsを背景にしたリユース市場の最前線
Vol.8 進化するEC市場、新たなDXで成功を掴む
Vol.9 地方自治体×Amazon。新たな地域活性化の形とは?
Vol.10 DXは老舗企業のビジネスをどう変えるか?
Vol.11 DXが生み出す地方創生の新しい形
Vol.12 なぜ、彼らのECビジネスは短期間で急成長したのか?
Vol.13 ECビジネスを加速させるブランディング戦略の新発想
Vol.14 中小企業のDXを加速させるAmazonのサポートとは?
Vol.15 中小企業のDXを支えるAmazon社員の想い
Vol.16 コロナ禍を乗り越えた飲食業のDX最前線
Vol.17 日本の中小企業が世界に羽ばたくために