日本の企業の約9割を占める中小企業(小規模事業者含む)は、日本経済にとって非常に大きな存在です。そして、その多くがDX(デジタルトランスフォーメーション)を推し進め、ビジネスに変革をもたらす活動を行うと共に、中小企業の数だけ挑戦のドラマが生まれています。デジタルが切り拓く中小企業の未来とAmazonのサポートを紹介する連載企画の第16回は、コロナ禍の影響を大きく受けた飲食業のDXにフォーカスします。
※本記事は、2021年12月7日に日本経済新聞および日本経済新聞電子版に掲載された記事を加筆したものです。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって、最も影響を受けた業種の1つに飲食業が挙げられます。2021年1〜10月の飲食業の倒産(負債1000万円以上)は過去2番目に多い557件にのぼり、うち260件を新型コロナ関連倒産が占めます(東京商工リサーチ調べ)。10月25日以降、一部地域を除いて飲食店の時短営業要請が解除されたとはいえ、コロナ禍で生活習慣が変容した今、クリスマスや忘年会などの年末商戦に向けて客足が戻るかは未知数だといえます。
そんな中、飲食業の経営者はコロナ禍をどのように捉え、打開策を打ち出してきたのでしょうか?今回は、DXを通して逆境を乗り越えた2社の事例を取り上げます。
Amazonでの販売を通して、飛騨牛の感動を全国に届ける
名古屋市を代表する繁華街として知られる栄(さかえ)。この地で飛騨牛専門の焼肉店・牛兵衛を経営する株式会社フィールディンの代表取締役・中田憲明さんは、「緊急事態宣言中、栄の街からあれほど人が消えた光景は初めて見ました」と、この1年半を振り返ります。
コロナ禍に見舞われる以前、牛兵衛の経営は順調でした。海外からの観光客が営業時間前から店先に行列をつくり、オフィスへの宅配弁当事業も収入源として確立していました。しかし、コロナ禍によってインバウンド需要が消滅し、テレワーク化に伴いオフィス宅配の利用も激減。2020年6月に店内を改装し、リニューアルオープンした矢先の出来事でした。ただ、収入源が失われていく中でも、中田さんは決して悲観しませんでした。
中田さん「地方公共団体などからの協力金はあったにせよ、経営的に苦しかったのは事実です。その一方で、何か新しいことを始めたい、チャレンジしたいという意欲が自然とわき、コロナ禍をこれまで学んできたことを活かす好機だと捉えました」
中田さんが新たに挑んだのは、飛騨牛をAmazonで販売するEC事業への進出です。
中田さん「飛騨牛は味わいにカドがなく、やさしい甘みがある。クセがないので誰もが食べやすいと思います。私自身、初めて飛騨牛を口にしたときは言葉にできない感動を覚え、その感動を多くの人に伝えたいという気持ちでこれまで店を続けてきました。Amazonを活用すれば、店舗でご好評いただいている味をより多くの人に届けられると考え、半年ほどかけてEC事業の計画を練りました」
Amazonに出品後、予想を大きく上回る売上を記録
2021年3月からAmazonでの出品をスタートしました。
中田さん「Amazonは商品ページの構成がシンプルで、お客様がほしい商品をすぐに探し出せる利点があります。何より、新規参入した場合でも、純粋に商品力で勝負できることに魅力を感じてAmazonを選びました。出品計画立案時に月別の売上も試算していたのですが、出品後すぐに予想を上回って驚きました(笑)。巣ごもり需要が後押しとなり、5月のゴールデンウィークと母の日、6月のAmazon『プライムデー』と父の日に大きな売上を記録し、12月までの売上目標を5月時点で達成してしまったほどです」
コロナ禍にあって、過去最高の年商を見込むという成果は目を見張るものがあります。しかし、単に飛騨牛を販売するだけでは、こうした成果は得られなかったはずです。
中田さん「飲食店は仕込み8割といわれますが、ECの場合は仕込み10割。計画をしっかりと立て、工夫することが大切だと学びました。例えば、Amazonの担当者から、ブランドオーナーであり、審査を通れば商品ページに動画を載せられることを教えていただき、お肉のおいしい焼き方のレシピ動画をつくりました。店と同じように、ECでも焼き方をご説明しないと飛騨牛の感動が伝わらないと思ったからです。また、商品にはお礼状や食べ方の説明書を同封してお送りしています。店舗でもECでも、お客様に喜んでいただきたいという想いはまったく変わりません」
その想いは、お客様がAmazonでギフトセットを購入した際、メッセージカードを同封できるサービスにも表れています。
中田さん「メッセージは『コロナ禍が終わったら、また逢いましょう』など、心を打つものばかりです。ECではお客様に商品をお届けするだけではなく、お客様の想いもお届けしているんだと、店舗での接客とはまた異なるやりがいを感じています。『おいしかった』『ギフトとして贈って喜ばれた』というカスタマーレビューを見ると、AmazonでEC事業を始めて本当に良かったと思います。
生活や価値観がコロナ禍前に戻ることは考えていません。だからこそ、今後は店舗とECを両輪として成長させ、時代に柔軟に対応していきたいと思っています」
EC販売で店の味をいかにして再現するか
薪窯で焼き上げる本格ナポリピッツァを提供するサルヴァトーレ クオモ(以下、サルヴァトーレ)をはじめ、とんかつや焼き鳥などの飲食店を80店舗以上手がける株式会社ワイズテーブルコーポレーション。代表取締役社長の船曵睦雄さんは、コロナ禍の1年半をこう振り返ります。
船曵さん「地方公共団体の要請に従って店舗は休業または時短営業する中で、巣ごもり需要の影響もあり、サルヴァトーレのデリバリーの業績は伸びていました。振り返ると、不安と焦り、新たなチャンスや可能性が入り混じっていた感じですね。Go To Eatで業績が回復した時期もありましたが、約600人の従業員を抱える身としては苦しい1年半でした」
EC事業への進出は、コロナ禍前から構想していたといいます。
船曵さん「コロナ禍前からEC需要は増えており、サルヴァトーレのピッツァをECで販売したいという計画はありました。それも、知名度も利用者数もトップクラスのAmazonでと心に決めていました。Amazonはほしい商品がすぐに見つかるお客様視点のUXが魅力ですし、Amazonという大きなマーケットでも、サルヴァトーレの商品力があれば勝負できるという自信もありました。コロナ禍というピンチをチャンスと捉えることで、一気に計画が進んでいきました」
EC事業に進出する際、最も高いハードルとなったのが、店の味を再現できるかでした。サルヴァトーレは全国に60店舗以上を展開し、たくさんのファンがいます。それゆえに、社内では「店の窯焼きの味を再現できないなら、EC事業をやる必要はない」という意見がありました。
船曵さん「ECの場合、届いたピッツァをお客様がすぐに召し上がるとは限らないので、冷凍配送する必要がありました。市販の冷凍ピッツァとどのように差別化するか、どのように店の味を再現するか、商品開発は半年に及びました。結果的に、店の薪窯で一枚一枚焼き上げたピッツァを瞬間冷凍してお届けすることで、社員全員が納得できる味にたどり着いたのです」
2020年12月からAmazonでの出品を開始。しかし、当初は注文が1日に数件と苦戦を強いられました。そうした中、ターニングポイントとなる出来事があったといいます。
船曵さん「Amazonの担当者からの提案で広告掲載を行いました。その数日後、突如として注文が殺到したんです。15秒に1回のペースで注文が入り、システムエラーかと勘違いしたくらい(笑)。広告掲載でリピーターを獲得し、さらなるターニングポイントとして6月のプライムデーが挙げられます。大きな売上を記録した上に、プライムデー以降の売上ベースも底上げされるうれしい効果が得られました。Amazonの担当者には出品後の成長戦略の面でも手厚くサポートしてもらいましたね」
ECによって発見した新たな利用シーン
EC事業を通して、船曵さんは新たな価値を発見したといいます。
船曵さん「実店舗やデリバリーと違って、ECで購入した冷凍ピッツァは好きな時間に食べられます。すると、日常的に、例えば朝食にピッツァを召し上がるお客様がいることに気付かされました。店やデリバリーは特別な日や大切な人を家に招いたときに利用し、ECはご家庭での普段づかいに利用する。そういった利用シーンの使い分けを発見しました。さらに、ECによってサルヴァトーレが出店していない地域の新規開拓にもつながりました。いずれはECを通じてサルヴァトーレのピッツァを召し上がったお客様が、ご来店されることを想定しています」
コロナ禍を経た今、今後の飲食店はどこに向かっていくのでしょうか?
船曵さん「時短営業要請は解除されましたが、コロナ禍前の客足には達しませんし、生活様式がコロナ禍前に戻ることもないと思います。なんとなく飲みに行こうという目的のない飲食店利用は減り、その分、特別な日に贅沢をする利用シーンが増えていくのではないでしょうか。一方で、自宅で過ごす時間への考え方が変化し、デリバリーや調理の手間が少ない冷凍ピッツァのニーズは高まっていくと思います。コストパフォーマンスよりもタイムパフォーマンスを重視する時代に変化していくことが予想されます」
その先に、船曵さんは飲食業界全体の未来を思い描いています。
船曵さん「新型コロナウイルス感染症が流行しなかったとしても、遅かれ早かれEC需要の高まりやテレワークへの移行は進んだと思います。コロナ禍はそれらを加速させただけで、私たちは常に飲食業界の未来のビジネスモデルを考えなければいけません。今は店舗とデリバリー、ECを三本柱とし、強い経営基盤を作ることに注力しています。そして、従業員の給与水準を上げ、飲食業界全体に人材が集まるよう、持続可能なものに変えていきたいですね」
苦境に立たされる飲食業にあって、常に前向きな思考を持ち続け、ECを通じて店の味を全国のお客様にお届けするというDXを成し遂げたフィールディンとワイズテーブルコーポレーション。実店舗とECをどのように掛け合わせるか、そこにどのような価値を見出すか。両社が示したDXの形は、業種を問わず不可欠な視点を教えてくれます。
~デジタルが切り拓く中小企業の未来~
Vol.1 彼女たちはいかにして道を切り拓いたか?(前編)
Vol.1 彼女たちはいかにして道を切り拓いたか?(後編)
Vol.2 なぜ、彼らは海外進出で成功を収めたのか?
Vol.3 コロナ禍で成功を収める中小企業の共通点とは?
Vol.4 常識を覆すヘルスケア製品はなぜ生まれたのか?
Vol.5 事業を受け継いだ彼らが 変革を成し遂げるまで
Vol.6 ヒット商品はいかにして生まれるか?
Vol.7 SDGsを背景にしたリユース市場の最前線
Vol.8 進化するEC市場、新たなDXで成功を掴む
Vol.9 地方自治体×Amazon。新たな地域活性化の形とは?
Vol.10 DXは老舗企業のビジネスをどう変えるか?
Vol.11 DXが生み出す地方創生の新しい形
Vol.12 なぜ、彼らのECビジネスは短期間で急成長したのか?
Vol.13 ECビジネスを加速させるブランディング戦略の新発想
Vol.14 中小企業のDXを加速させるAmazonのサポートとは?
Vol.15 中小企業のDXを支えるAmazon社員の想い
Vol.16 コロナ禍を乗り越えた飲食業のDX最前線
Vol.17 日本の中小企業が世界に羽ばたくために