日本の企業の約9割を占める中小企業(小規模事業者含む)は、日本経済にとって非常に大きな存在です。そして、その多くがDX(デジタルトランスフォーメーション)を推し進め、ビジネスに変革をもたらす活動を行うと共に、中小企業の数だけ挑戦のドラマが生まれています。デジタルが切り拓く中小企業の未来とAmazonのサポートを紹介する連載企画の第13回は、ECビジネスにおいて成功を収める中小企業のブランディング戦略にフォーカスします。
※本記事は、2021年10月25日に日本経済新聞および日本経済新聞電子版に掲載された記事を加筆したものです。
さまざまな商品が存在感を高めようとせめぎあう中、販売戦略においてブランディングは必要不可欠です。商品にどのようなコンセプトやメッセージを込めるか、お客様にどのようなイメージを与え、付加価値をつけるか。それらはブランディングに集約され、商品価値や競合他社との優位性となって売上に直結します。今回は、ECビジネスで成功を収めた合同会社DRiveと株式会社シュクレイの事例から、ブランディング戦略の新たな可能性を探ってみましょう。
アウトドア用品市場で成功できた理由とは?
コロナ禍において、大自然の中に身を預け、非日常的な時間を楽しむキャンプが人気です。多くの企業がコロナ禍で窮地に立たされる反面、アウトドア用品市場はギアと呼ばれるキャンプグッズの需要が高まり、多くの商品が生まれています。
そんな競合がひしめくアウトドア用品市場にあって、発売からわずか1年でAmazonの焚き火台カテゴリーのトップに躍り出た企業があります。大阪府箕面市を拠点にアウトドアブランド、Tokyo Campを展開する合同会社DRiveです。代表を務める吉川了さんは、Tokyo Camp誕生の経緯をこう振り返ります。
吉川さん「元々はECでカー用品を販売していましたが、キャンプ好きの家族や友人に影響されて、自分もキャンプにハマってしまいました(笑)。ただ、ユーザー視点に立つと、高額すぎて手を出せないギアと、安くて品質の悪いギアに市場が二極化されていることに疑問を感じました。これからキャンプを始める人も購入しやすい価格帯で、品質にはとことんこだわったギアを作れないか。そう考えてデザイナーや工場の方と議論や試作を重ね、2020年7月、ようやく理想の焚き火台の販売にこぎ着けたのです」
現在、Tokyo Campで扱う商品は焚き火をするための道具のみ。全精力を注いで完成させた焚き火台は、コンパクトで軽量、燃焼性が高く頑丈で、デザイン性も高い。しかも、価格は4,980円。この焚き火台に多くのキャンパーが心を動かされ、売上台数は累計5万台を突破しました。
その魅力は、日本最大級のキャンプ情報メディア・CAMP HACKも認めたほど。CAMP HACKが渋谷の商業施設にオープンしたポップアップストアでは、あまたある焚き火台の中からTokyo Campの焚き火台が販売アイテムに選ばれました。なぜ、キャンプ市場に後発で参入したにもかかわらず、ここまで人気商品になったのか。ヒットの要因となったブランディングを吉川さんはこう語ります。
吉川さん「これからキャンプを始める若い世代をターゲットに据え、SNSを活用したブランディングを行いました。数あるキャンプギアの中でも、一番写真映えするのが焚き火台。火を見ているとつい写真を撮りたくなっちゃうんです(笑)。SNSにTokyo Campのハッシュタグを付けると、予想通り、多くの方が焚き火台の写真をアップしてくださいました。フォロワー数もどんどん増え、投稿は数千件規模に。これによって広告費をかけないプロモーションに成功し、『若者の間で流行っている焚き火台』というブランドイメージが定着していったのです」
元々プライベートでAmazonでよく買い物をしていたことから、Amazonでの販売に関心があった吉川さん。Amazonでは積極的に広告を活用するという戦略を打ち出します。
吉川さん「Amazonのスポンサープロダクト広告は、『焚き火』と検索した購入意欲の高いお客様にピンポイントで広告を表示できるので、非常にコンバージョンが高い点が優れています。お客様の目に留まりやすいので宣伝効果も大きいですし、クリック数が増えれば検索結果も上位に表示される。スポンサープロダクト広告の効果は大きく、現在では売上の約7割をAmazonが占めています」
カスタマーレビューをもとに商品の改良を重ねる
Amazonの担当者は売上の年間計画を策定し、都度、アドバイスをくれたといいます。
吉川さん「Amazonでどれだけ売れるか未知数だった中で、セールやプライムデーの時は、これくらいの在庫をフルフィルメント by Amazon(FBA)の倉庫に預けておくと安心ですよとアドバイスをくれました。プライムデーは想像以上の売れ行きで、普段の15倍の台数が売れました。Amazonが商品の保管、注文処理から発送、配送や返品に関するカスタマーサービスまでを代行してくれるFBAがなければ、対応が追いつかなかったと思います」
Amazonのカスタマーレビューに寄せられたお客様の声も商品の改良に役立ちました。
吉川さん「今はストアの評価が購入の判断材料となる時代。カスタマーレビューに寄せられたお客様の声は逐一チェックしています。時には、自分たちでは想像していなかった新しいアイデアが寄せられたり、お客様の声から新商品を開発したりしたこともありました。お客様のフィードバックを活かして何度も改良しているので、焚き火台は発売当初から何度もアップデートしています」
拠点は大阪ですが、ブランド名にTokyoを冠した背景には、今後を見据えた目論みがありました。
吉川さん「日本人ならではの発想やこだわりを世界に発信するブランドに育てたいと思い、世界的に認知度の高いTokyoの名前を付けました。お客様に長く愛される商品を開発して、Tokyo Campのファンを世界中に広げていきたいですね」
喜びを提供するお菓子メーカーの信念
バターバトラー、ザ・メープルマニアなど、数々の人気お菓子の企画・販売を行う株式会社シュクレイのブランディングもユニークです。そもそも、シュクレイが手がけるお菓子は実に23ブランド。しかも、その1つ1つにブランドの世界観を表すストーリーが存在するというから驚きです。代表取締役である阪本良一さんは、お菓子作りにかける想いをこう語ります。
阪本さん「一般的に、お菓子メーカーはその年の流行りの素材やジャンルに合わせて商品開発を行います。対して私たちは、自分たちが心から作りたいもの、時代に必要とされているものだけを作り続けています。流行に流されず、お客様に本当に求められているお菓子を生み出し、『喜びを創り喜びを提供する』ことが企業理念です」
JR東日本おみやげグランプリで1位を獲得したバターバトラーも、そうしたシュクレイの企業理念に基づいて生み出されています。
阪本さん「2014年、日本はバター不足に陥りました。そんなとき、私たちは創業の原点に立ち返り、何が求められているのか考えました。戦後間もない甘いものが貴重だった時代に、甘いもので喜びを提供したいと考え、イモ飴の販売を始めたのが当社の母体である寿スピリッツのルーツです。そこで今こそ、世界中から探したバターでスイーツを作ってお客様に喜びを提供しよう、これこそ自分たちの作りたいものだと一致団結し、バターバトラーが生まれたのです」
ザ・メープルマニアの場合は、絆をテーマに古き良き時代のアメリカの家族をモチーフとし、個性的なキャラクターをパッケージに描きました。こうしたブランドごとの独自の世界観、バックストーリーが他社にはないオリジナリティを生み、多くのファンを生み出しています。
阪本さん「ユニークなコンセプトが生まれる背景には、アイデアが生まれやすい土壌があります。新商品のブランド戦略会議では、製造を担うパティシエのチーム、デザインを形にするクリエイティブチーム、そして経営幹部のメンバーが、それぞれの角度からアイデアを出し合っています」
独創的なアイデアのもと開発された商品を、社員一人ひとりが持つ販売力で、お客様に広げていきます。
阪本さん「我々の強みは多彩かつ個性豊かなブランディングだけではありません。お客様をもてなす販売力は群を抜いていると自負しています。『今日1人、熱狂的なファンを創る』を合言葉に、また買いたいと思っていただけるような接客を心がけてきました」
コロナ禍の取り組みは将来必ずプラスになる
しかし、コロナ禍によって状況は一変します。駅・空港や商業施設内の店舗は休業や時短営業を余儀なくされ、販売力を発揮できる場が限られてしまったのです。そんな窮地を救ったのがAmazonでの販売でした。
2020年10月に出品を開始してから約1年。目に見えて結果を出しており、今では売上を支える大きな柱となっています。特にFBAのメリットは大きいと阪本さんは言います。
阪本さん「ありがたいことに、シュクレイのお菓子を早く食べたいと待ち望んでくださるお客様はたくさんいらっしゃいます。発送にFBAを使えば注文から最短1日でお届けできて、心を込めて作ったお菓子を少しでも早く届けられます。FBAのおかげで在庫のコントロールもしやすくなり、物流に関する負担も軽減されました。それから、納品要件を満たせばチョコレート系の商品をFBAの倉庫に預けることも可能で、夏季は温度管理が徹底された倉庫から自動で発送してくれるので、お客様に迅速に商品をお届けできています」
特にお歳暮やホワイトデー、バレンタインといったイベント時は、売上の伸び率が高まりました。
阪本さん「今後はECとリアル店舗がビジネスの2つの柱になってきますが、販売の手段が変わるだけで、お客様に対する想いは全く変わりません。ただ、ECは顔が見えない分、より丁寧なお客様対応を心がけるようにしています」
経営方針に影響を与えたコロナ禍という逆境を、阪本さんは前向きに捉えています。クラウドファンディングもいち早く取り入れ、日本一予約が取れない和食店とも言われる「くろぎ」とコラボして、2020年7月には和洋折衷の限定スイーツ販売の協賛を募りました。
阪本さん「コロナ禍があったから、Amazonへの出品やクラウドファンディングによるコラボなど、新しいことに挑戦することができました。今取り組んでいることは、将来、確実にプラスに転じると信じています」
ビジネス環境が変わっても、明確なブランディングを貫いた先にはファンが生まれることを示した両社。挑戦を続ける姿勢やECへの取り組みからは、コロナ禍でビジネスを成功させるための多くのヒントを読み解くことができるでしょう。
~デジタルが切り拓く中小企業の未来~
Vol.1 彼女たちはいかにして道を切り拓いたか?(前編)
Vol.1 彼女たちはいかにして道を切り拓いたか?(後編)
Vol.2 なぜ、彼らは海外進出で成功を収めたのか?
Vol.3 コロナ禍で成功を収める中小企業の共通点とは?
Vol.4 常識を覆すヘルスケア製品はなぜ生まれたのか?
Vol.5 事業を受け継いだ彼らが 変革を成し遂げるまで
Vol.6 ヒット商品はいかにして生まれるか?
Vol.7 SDGsを背景にしたリユース市場の最前線
Vol.8 進化するEC市場、新たなDXで成功を掴む
Vol.9 地方自治体×Amazon。新たな地域活性化の形とは?
Vol.10 DXは老舗企業のビジネスをどう変えるか?
Vol.11 DXが生み出す地方創生の新しい形
Vol.12 なぜ、彼らのECビジネスは短期間で急成長したのか?
Vol.13 ECビジネスを加速させるブランディング戦略の新発想
Vol.14 中小企業のDXを加速させるAmazonのサポートとは?
Vol.15 中小企業のDXを支えるAmazon社員の想い
Vol.16 コロナ禍を乗り越えた飲食業のDX最前線
Vol.17 日本の中小企業が世界に羽ばたくために