日本の企業の約9割を占める中小企業(小規模事業者含む)は、日本経済にとって非常に大きな存在です。そして、その多くがDX(デジタルトランスフォーメーション)を推し進め、ビジネスに変革をもたらす活動を行うと共に、中小企業の数だけ挑戦のドラマが生まれています。デジタルが切り拓く中小企業の未来とAmazonのサポートを紹介する連載企画の第12回は、DXを通じて短期間で成長を遂げた中小企業にフォーカスします。
※本記事は、2021年10月19日に日本経済新聞および日本経済新聞電子版に掲載された記事を加筆したものです。
短期間でビジネスの成功を収めるためには、何が必要でしょうか? ただし、ここでいう短期間での成功とは、SNSなどで突発的に話題になり、瞬間的に売上のピークを迎えたケースではなく、短いスパンで急成長を遂げると同時に、その後も安定して売上を伸ばしているケースを指します。当然、そこにはマーケティングやセールスプロモーション、そもそもの商品力やブランディングなど、複合的な要素が存在します。今回は、株式会社Kirala とメーカーズシャツ鎌倉株式会社の2社の成功事例から急成長企業の秘訣を探ってみましょう。
次世代の空気清浄機がヒットした理由とは?
美容健康機器メーカーの株式会社MTGからウォーターサーバー事業を引き継ぎ、2020年3月に独立した株式会社Kirala。「お客様の暮らしを豊かにする」という企業理念を突き詰めたとき、「毎日の暮らしに欠かせないという視点から、水の次は空気に着目した」と語るのは、クリエイティブセクションのマネージャーを務める世古勲さんです。
世古さん「Kirala設立と前後して空気清浄機の開発プロジェクトが始まりました。開発当初からこだわったのがオゾンです。オゾンは高い除菌力を持ち、室内や家具などに付着したウイルスを除去する効果があります。一方で、濃度が高すぎると人体に影響を及ぼす可能性があるため、家庭用の空気清浄機でオゾンが発生するものはほとんどありませんでした。家庭で使えるオゾン発生装置付きの空気清浄機を目指して、私も含めて社員がオゾン安全管理士の資格を取り、さまざまな実証実験をしてエビデンスを積み重ねました」
次世代のハイブリッド空気清浄機としてKirala Airの発売を開始したのが2020年10月。ウイルスや細菌を99.9%除去する性能は発売と同時に高い評価を受け、好調なセールスを記録。2021年5月には『日経トレンディ』の「2021年上半期ヒット商品」の1つに選ばれました。では、その成功の要因を探っていきましょう。
世古さん「そもそも、Kirala Airの発売は予定では2021年4月頃でした。半年ほど前倒しした理由は、新型コロナウイルスの感染拡大です。コロナ禍によってウイルスや細菌への意識が一気に高まり、『お客様の暮らしに安心をもたらす空気清浄機をいち早く届けたい』と急ピッチで開発を進めました」
開発を加速させると共に、販路構築にあたってもスピード感を重視したといいます。
世古さん「家電量販店などで販売を開始した後、自社サイトに先駆けて、2020年11月にAmazonでの販売を開始しました。Amazonを最初のEC販路として選んだ理由は2つあります。1つ目は、出店型のECサイトで販売する場合、ページのデザインなどに時間がかかりますが、出品型のAmazonは商品ページの構成がシンプルなので、販売開始までにかかる手間やその後の運用負荷が少ないこと。2つ目は物流体制です。自社で物流倉庫を借りると費用面のリスクもありますし、発送作業に割くリソースも必要です。そのため、保管から注文処理、配送、カスタマーサービスまでをアウトソーシングできるフルフィルメント by Amazon(FBA)の利用は不可欠でした」
Amazonを利用して迅速に販売と物流体制を構築。その間はAmazon担当者から丁寧なサポートを受けたといいます。
世古さん「Kirala Airの発売開始からAmazonでの販売までの1ヵ月間は、毎日のようにAmazonの担当者と連絡を取り合っていました。Amazonには電化製品の出品にあたって電気用品安全法(PSE)などの商品安全基準を満たす必要があるので、商品登録を中心にさまざまな面でサポートしてもらいました」
Amazonが複数の販売チャネルの受け皿に
Amazonへの出品完了後、次の一手として打ったのが商品CMやWEB広告といったプロモーションです。
世古さん「正月の箱根駅伝でCMを流したときは、Amazonでの売上やクリック数が一気に伸びました。スピーディかつ万全に体制を整えていたからこそ得られた成果だと思います。家電量販店や取次店など、当社は複数の販売チャネルを持っているので、プロモーションで得られた効果は大きいですね」
2021年8月には自社ECを開設。EC販路をAmazon以外にも広げたが、そこにも戦略が存在します。
世古さん「自社ECを開設しましたが、ECにおける売上の大半はAmazonです。Amazonの購入用アカウントをお持ちのお客様であれば購入はワンクリックで済みますし、配送のリードタイムも圧倒的に短い。お客様のメリットは大きいですよね。なので、ブランドサイトを兼ねた自社ECで商品を理解し、Amazonで購入することもあれば、家電量販店で実物を体感して購入するケースも想定しています。今後もECとリアル店舗においてさまざまなカスタマージャーニーを描き、全方位の販売体制とプロモーションを強化することでDXを進めていきたいと考えています」
信念に裏打ちされたビジネスシャツの決断
スピード感は急成長企業の1つのキーワードだと言えるでしょう。ビジネスシャツを中心に扱うアパレルブランドの鎌倉シャツにも、スピード感に関する印象的なエピソードがあります。メーカーズシャツ鎌倉株式会社の執行役員・田原和敏さんはこう振り返ります。
田原さん「2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、全国的なマスク不足が社会問題になる中で、マスクの製造・販売に踏み切りました。4月上旬にプロジェクトが動き出して、生地を手配して縫製工場に連絡し、販売受付までにかかったのは実質3日。『すぐにでもお客様に届けたい』という想いで作ったマスクは『シャツ屋が作ったマスク』として評判を呼び、6日間で約50万枚が売れました」
そのスピード感は驚くべきものですが、ただのマスクであればここまでの反響はなかったはず。鎌倉シャツは、メンズファッションの神様と称される石津謙介さんに師事した現会長の貞末良雄さんが1993年に立ち上げたブランド。メイドインジャパンにこだわった高い縫製技術、世界で活躍するビジネスパーソンをシャツで応援するという信念に基づいた世界基準の品質など、これまで培ってきた実績や熱心なファンあってこその成果です。
田原さん「生産から販売までを自社で手がけ、広告費もカットすることで、高品質のシャツを適正価格で提供することを実現してきました。一度袖を通していただければ必ずファンになってもらえるという自負を持ち、来店してくださるお客様をおもてなしすることを追求してきたのです」
しかし、コロナ禍によって国内外の店舗はやむなく休業となり、苦境に立たされます。そこで活路を見出したのがAmazonへの出品です。
田原さん「自社ECは1998年から開始し、海外販売を行う自社ECも独自に構築していました。しかし、2020年5月から国内外の全店舗が一時休業となり、外部ECへの販路拡大を決断しました。いくつかの候補がある中で、最も親和性が高かったのがAmazonです。私たちのお客様にはご年配の方もいらっしゃいますので、欲しいものをすぐに探し出せるシンプルなサイト構成で、購入方法も簡単であること。また、冠婚葬祭などで急いでシャツをお求めのお客様に対し、すぐに商品をお届けできる配送スピードが決め手でした」
2021年6月にAmazonへの出品を開始すると、従来のファンはもちろん、新規のお客様も獲得し、売上は右肩上がりで伸びています。
田原さん「Amazonの担当者とは何度も話し合い、たくさんのアドバイスをもらいました。私たちは自社の商品とお客様のことだけをずっと考えてきたので、他社とどう差別化するかといった視点が欠けていたのです。差別化を図る方法としてスポンサープロダクト広告の提案を受けましたが、私たちのコスト構造に広告費は入っていません。この決断はとても悩みました。でも、お客様の目に留まり、鎌倉シャツの魅力が伝わるならばと、広告を出すことを決意したのです」
反対に、譲れなかった部分もあります。
田原さん「Amazonの担当者からは、商品ラインナップを拡充することを提案されたのですが、私たちは商品数を絞り、狭く深く展開することを目指していました。これについてもAmazonの担当者と議論を重ね、結果的には私たちの信念を理解してもらいました」
初の外部EC挑戦にあたって、Amazonの担当者と信念や目標を共有してEC事業を進めていったメーカーズシャツ鎌倉。確固たる信念を持ちながら、新たな提案を受け入れる柔軟さもまた、急成長企業の特徴と言えるかもしれません。
良いものは取り入れるが、時代に迎合はしない
田原さんは入社した10年前からEC事業に携わり、ECが急速に社会に浸透する過程を目の当たりにしてきました。しかし、「時代の変化はそこまで意識していない」と言います。
田原さん「ECがどれだけ浸透し、テクノロジーがどれだけ発展しようと、指針にすべきは私たちの信念に沿っているか、私たちのお客様に合っているか。それだけです。良いものは積極的に取り入れますが、時代には迎合しない。それは会長の貞末の哲学であり、社員全員が共有している信念です」
ところで、鎌倉シャツのビジネスシャツには胸ポケットが付いていません。日本では胸ポケット付きが一般的ですが、そこにも創業者の哲学が込められています。
田原さん「欧米のビジネスシャツに胸ポケットはありません。世界で活躍するビジネスパーソンを応援するという信念に従えば、確かに胸ポケットは必要ない。でも、どこかで納得できない自分もいたんです。そんなとき、貞末に『着物を着た欧米人がブーツを履いていたら君はどう思う? ビジネスシャツに胸ポケットがあるということは、それと同じこと。服装には、相手のトラディショナルな文化を理解し、敬意を表すという側面もあるんだ』と言われて納得したことを覚えています。鎌倉シャツには、服飾文化を普及させる『服育』という視点も込められているのです」
効果的な広告投資を行い、プロモーション戦略で成功を収めた家電メーカーのKiralaと、広告は出さず、揺るぎない信念と積み重ねてきた実績でファンを生み出してきたメーカーズシャツ鎌倉は一見、対照的に見えます。しかし、KiralaはAmazonを販売チャネルにおける受注と発送の受け皿として活用し、メーカーズシャツ鎌倉にとってAmazonはEC事業の戦略的パートナーとなりました。両社のスピーディな動きに合ったAmazonでの販売が、急成長の鍵になったと言えるかもしれません。
~デジタルが切り拓く中小企業の未来~
Vol.1 彼女たちはいかにして道を切り拓いたか?(前編)
Vol.1 彼女たちはいかにして道を切り拓いたか?(後編)
Vol.2 なぜ、彼らは海外進出で成功を収めたのか?
Vol.3 コロナ禍で成功を収める中小企業の共通点とは?
Vol.4 常識を覆すヘルスケア製品はなぜ生まれたのか?
Vol.5 事業を受け継いだ彼らが 変革を成し遂げるまで
Vol.6 ヒット商品はいかにして生まれるか?
Vol.7 SDGsを背景にしたリユース市場の最前線
Vol.8 進化するEC市場、新たなDXで成功を掴む
Vol.9 地方自治体×Amazon。新たな地域活性化の形とは?
Vol.10 DXは老舗企業のビジネスをどう変えるか?
Vol.11 DXが生み出す地方創生の新しい形
Vol.12 なぜ、彼らのECビジネスは短期間で急成長したのか?
Vol.13 ECビジネスを加速させるブランディング戦略の新発想
Vol.14 中小企業のDXを加速させるAmazonのサポートとは?
Vol.15 中小企業のDXを支えるAmazon社員の想い
Vol.16 コロナ禍を乗り越えた飲食業のDX最前線
Vol.17 日本の中小企業が世界に羽ばたくために