日本の企業の約9割を占める中小企業(小規模事業者含む)は、日本経済にとって非常に大きな存在です。そして、その多くがDX(デジタルトランスフォーメーション)を推し進め、ビジネスに変革をもたらす活動を行うと共に、中小企業の数だけ挑戦のドラマが生まれています。デジタルが切り拓く中小企業の未来とAmazonのサポートを紹介する連載企画の第11回は、DXを通じて地方創生につながる地域活性化に取り組む中小企業にフォーカスします。
※本記事は、2021年10月15日に日本経済新聞および日本経済新聞電子版に掲載された記事を加筆したものです。
デジタル庁の創設に代表されるように、社会は今、DXに大きく舵を切り始めています。そうした中、本連載では、EC(インターネット販売)を通じたDXがさまざまな業界の中小企業にイノベーションをもたらした事例を紹介してきました。その背景には、コロナ禍の影響や事業承継、女性活躍など、社会が抱える多くの課題が存在しています。では、地方創生という、日本政府が主導してきた社会課題に対して、DXはどのようなイノベーションをもたらすのでしょうか? 2つの中小企業の事例を見てみましょう。
斬新なEC戦略が変えた紀州漆器の未来
和歌山県海南市で作られる紀州漆器。発祥は室町時代にまで遡り、福島県の会津塗、石川県の輪島塗・山中塗、福井県の越前漆器と並び称される日本を代表する漆器の1つです。
海南市にある山家漆器店は、70年にわたって紀州漆器の製造・販売を手がける老舗企業です。しかし、会津塗や輪島塗に比べると紀州漆器のブランド認知度は低く、売上も先細りしていたといいます。「ミャンマーにある企業に就職していたこともあり、家業を継ぐ気はなかったんですよ」と語るのは、4代目であり営業部長の山家優一さんです。
山家さん「5年前に家業を継いだきっかけは2つあります。1つは、ミャンマー人にうちの紀州漆器をプレゼントしたら、ものすごく喜んでくれたこと。国内の市場は先細る中で、海外ではこうした受け止められ方をするんだと可能性を感じました。同時に、父親が始めたEC事業に興味を持ち、ミャンマーにいながら商品登録や売上分析を手伝い始めました。そして、ECなら紀州漆器をもっと盛り上げられるのではないか、将来的に海外展開も視野に入れられると考え、帰国を決意したのです」
営業部長に就任し、EC事業を一気に加速させた山家さん。複数のEC販路を持つ中で Amazonに活路を見出し、売上を伸ばしていくプロセスは実に戦略的です。
山家さん「まず、 Amazonをテストマーケティングに活用しようと考えました。 Amazonは商品ページの構造がシンプルで、商品の写真と紹介文を用意すれば成立します。ほかのECサイトはそれに加えてページのデザイン要素も必要になってくるので、商品力の差が判断しにくい。シンプルに商品力を見極めるなら、 Amazonしかないと確信しました。
当初の出品点数は100点くらいでしたが、地元業者の協力も得て2000点くらいに増やしました。そして、どの商品の売れ行きがいいか、評価が高いか、どの層にニーズがあるかを分析し、主力商品の絞り込みや商品開発に反映していったのです」
Amazonを活用したマーケティングの結果、曲げわっぱのお弁当箱や半月盆を主力商品に据え、売上規模は年々拡大しています。
山家さん「EC事業の成長に欠かせないのがフルフィルメント by Amazon(FBA)です。自分がEC事業を担当してから売上規模は3倍に伸びましたが、従業員は増やしていません。それは、 Amazonが在庫管理から注文処理、発送、そして発送や返品に関するカスタマーサービスまでを代行してくれるおかげです。FBA小型軽量商品プログラムを使えば小さなサイズの商品の配送料を抑えられますし、余分な経費を抑えられる分、職人さんに還元することができています。それから、漆器のカテゴリーはアパレルなどに比べると競合が少なく、認知度が低い紀州漆器でも高いシェアを獲得できるブルーオーシャンなんです」
ECはチャレンジしやすい環境を提供し、地方創生を後押しする
若い世代に紀州漆器の魅力を知ってもらうためのプロジェクトもユニークかつ戦略的です。
山家さん「伝統工芸品の販売戦略では、産地ブランドを押し出しがちですよね。しかし、もっと幅広い層にアプローチするには、商品のユニークさや面白さを前面に押し出し、そこを入り口に紀州漆器に興味を持ってもらえるような逆の発想が必要です。紀州漆器産地4社で構成しているブランドKISHU+は、そんな考えに基づいて生まれました」
その言葉通り、KISHU+では従来の漆器の在り方にとらわれず、ガラス素材に蒔絵を施した照明や、コンピューターシミュレーションによる塗りを使ったキャンドルスタンドなどを販売しています。
元々、紀州漆器はプラスチックへの塗装を行うなど、前例の無いことに挑戦してきた歴史があります。KISHU+が新たなアプローチで製品を生み出す背景には、紀州漆器を気軽に使い、暮らしの中に浸透させたいという山家さんの想いが秘められています。
山家さん「自動車ブランドに高級車や大衆車があるように、伝統工芸品にもグレードのグラデーションがあっていいと思うんです。だからこそ、100円ショップで漆器が売られていても否定しません。リーズナブルな漆器に触れてその魅力に惹かれ、何年か後に高価な漆器を購入する。そういうお客様の未来像を描くことも業界の活性化につながると考えています」
そう語る山家さんは、自社のことだけではなく、日本の将来を見据えた新たな地域活性化の形を考えています。
山家さん「ECは衰退産業や後継者不足といった課題を解決し、地方創生を後押しすると思います。EC内でマーケティングやトライアンドエラーを完結できるし、費用面のリスクも低い。そうやってECを活用して地域を活気づける企業が1社2社と増えるだけで、日本の地方の未来は変わっていくと思うんです」
長野県産米を日本中に届けるために
有名な米の産地を問われて思い浮かべるのは、新潟県や秋田県、山形県といったところでしょうか。そんな中、長野県下高井郡野沢温泉村で米づくりに携わり、 Amazonで売上を伸ばしている企業があります。野沢農産生産組合の組合長・髙橋義三さんは、長野県の米づくりを取り巻く環境をこう語ります。
髙橋さん「長野県は米どころとして決して有名ではありません。米以外の農作物や果物の生産が盛んで、米にスポットライトが当たりにくいんです。だから、ほかの米どころと比べると、PRにかけられる予算も限られています。ですが、野沢温泉村にはミネラル豊富な雪解け水があり、標高が高いので害虫も少ない。非常に米づくりに適した環境なんです」
農家であると同時に、地元の農家から米を預かり、スーパーマーケットなどに卸す米屋の顔も持つ野沢農産。希少なポジションで長野県の米づくりを支えてきました。
髙橋さん「米づくりは数値化できない技術や肥料が大切。毎日田んぼに出向き、田んぼ1枚1枚の個性を見つめるうちに、自然と米づくりの秘訣がわかるものです。地元の農家にもノウハウを共有して、長野県産米のブランド価値を高めるために一緒に頑張っています」
そんな髙橋さんは、日本に7人しかいないダイヤモンド褒賞の受賞者。日本一の米の品評会と称される「米・食味分析鑑定コンクール」に5年連続入賞し、総合部門で3回以上の金賞に輝いた人にしか与えられない栄誉です。しかし、長野県産米の認知度は低く、主な販路は県内。品質は折り紙付きであるにもかかわらず売上が伸びないという壁に直面し、ECに打開策を見出しました。
髙橋さん「2018年から始めた Amazonはビジネスの大きな転換点になりました。そうは言っても、出品してすぐに売れたわけではありません。一度食べてもらえたら必ずリピーターになってくれると信じて、色々な広告を出しました。それから、 Amazonの担当者のアドバイスを受けて、商品を1日限りの特別価格で販売する特選タイムセールなどを行い、少しずつ認知度を高めていったのです」
そうした取り組みは予想以上の効果を発揮し、右肩上がりに売上は伸びていきました。
髙橋さん「今では関東圏のお客様が半数を占めています。何度も購入してくださるファンの方も増え、自分たちがやってきたことは間違っていなかった、長野の米のおいしさは県外にも受け入れてもらえるんだと安堵しました。カスタマーレビューに『長野のお米はこんなにおいしいんだ』と書かれていたのを見つけたときはうれしかったですね」
同時に、「Amazonを販路に決めたことは正しい選択だった」と振り返ります。
髙橋さん「細かなユーザビリティがいいですよね。ほかのECサイトと比べて商品ページを作り込む必要がないし、パソコン版とスマホ版を作り分けずに済むので負荷が軽いんです。FBAを利用しているので出荷も楽ですし、関東のお客様にも短いリードタイムで届けられる。利点がたくさんあると思います」
コロナ禍の危機を救ったAmazonの存在
特にAmazonでの販売の真価が発揮されたのが、コロナ禍での状況でした。野沢温泉はスキー場で有名な観光地。客足が途絶え、主要な卸先だった旅館やスキー場のお店などからの注文が激減しました。
髙橋さん「経営が危機に瀕する中で、 Amazonの売上が支えになりました。コロナ禍前にECを始めていなかったら倒産していたかもしれませんね。コロナ禍になって慌ててEC事業を始めた農家も多いですが、後発だと競合も増えてファンづくりが難しい。うちはコロナ禍前にファンを作り、リピーターを生み出せていたことが大きいと思います」
コロナ禍で苦境に立たされる地元を、米を通して活性化させたいと髙橋さんは意気込みます。
髙橋さん「ECを通じて長野県産米を食べてもらい、長野県のお米が実はおいしいということを広めれば、野沢温泉村のことを知ってもらうPRにつながりますよね。それから、観光業が主流だった野沢温泉村では今、コロナ禍の影響で働き口に困っている人がたくさんいます。お米の売上を増やすことで、そういう人を受け入れて雇用を生むこともできると思います。コロナ禍の今だからこそ、農業で地域を活性化する取り組みを続けて、村全体を元気にしたいですね」
産地に根ざした従来のビジネスにECを取り入れ、地域全体を巻き込んでの活性化を後押ししている両社。目まぐるしく変化する時代の中で、地域活性化という社会課題を解決した事例として、両社から学ぶべきことは少なくありません。
~デジタルが切り拓く中小企業の未来~
Vol.1 彼女たちはいかにして道を切り拓いたか?(前編)
Vol.1 彼女たちはいかにして道を切り拓いたか?(後編)
Vol.2 なぜ、彼らは海外進出で成功を収めたのか?
Vol.3 コロナ禍で成功を収める中小企業の共通点とは?
Vol.4 常識を覆すヘルスケア製品はなぜ生まれたのか?
Vol.5 事業を受け継いだ彼らが 変革を成し遂げるまで
Vol.6 ヒット商品はいかにして生まれるか?
Vol.7 SDGsを背景にしたリユース市場の最前線
Vol.8 進化するEC市場、新たなDXで成功を掴む
Vol.9 地方自治体×Amazon。新たな地域活性化の形とは?
Vol.10 DXは老舗企業のビジネスをどう変えるか?
Vol.11 DXが生み出す地方創生の新しい形
Vol.12 なぜ、彼らのECビジネスは短期間で急成長したのか?
Vol.13 ECビジネスを加速させるブランディング戦略の新発想
Vol.14 中小企業のDXを加速させるAmazonのサポートとは?
Vol.15 中小企業のDXを支えるAmazon社員の想い
Vol.16 コロナ禍を乗り越えた飲食業のDX最前線
Vol.17 日本の中小企業が世界に羽ばたくために